死に面した人の手を握ると涙が出る。 その愛しさに。 その切なさに。 そのか弱さに。 その手に残った温もりに涙が出る。 愛しいよ。 愛しいよ。 愛しいよ。 触れているのが、辛くなるくらいに。 ぬくもり 昼下がりの病室。 差し込む光は白。 純白のカーテン。 揺らす風は無色。 窓の向こうには頭を擡げた百日紅が咲いている。 満たされた静寂。 定期的な心拍数。 滴り落ちる点滴。 鬱血した白い腕。 窓の向こうでは青空が馬鹿みたいに口を開けている。 ねぇ、今日は天気が良いのよ。 アナタの額を撫でながら、私は微笑んだ。 腰を下ろしているパイプ椅子は相当使い古されたもので。 少し身動きをする度に、キィキィと音を立てる。 その音と遠くから聞こえるざわめきが交じり合って。 丁度、不協和音のように聞こえた。 私はクスクスと笑って、アナタの前髪を指先で梳く。 ほら、子供の遊ぶ声が聞こえる。 すぃ、と窓の外へと視線を遣れば。 中庭の芝生で子供達がボールを追い駆けていた。 無邪気な笑顔で。 頬を薔薇色に染めて。 息を弾ませて。 その光景は微笑ましく、とても愛しく思えた。 それこそ嫉ましいほどに。 ねぇ 眼差しを子供らに向けたまま、髪を梳く手を止める。 柔らかなアナタの髪は容易に指先から逃げ出した。 指と指の間を擽る間隔が、以前よりも無機質に感じる。 胸の中央に大きな虚が開いたような。 背中とシャツの隙間から幸せが逃げてしまったような。 そんな感じだった。 それを誤魔化すかのようにして。 私は。 痩せ細ったアナタの手を。 手を、握る。 目を開けて………? 握り締めたアナタの手は、やけに小さくて。 私の手を引いた頃のそれとは、全く違う物になっていた。 触れるだけで骨の形が顕になり。 ドクドクと脈打つ血管の細さすらも感じ取れる。 酷く脆弱なアナタの手。 まるで乾涸びてしまったかのようなその手は。 想像していた以上に、温もりを残していた。 ぽろり、と。 薄いレンズが剥落するかのように。 遊ぶ子供らを見つめていた双眸から。 温い雫が、零落する。 ねぇ その温もりに。 限り無い愛しさで胸を潰して。 やり場の無い切なさで喉を詰まらせて。 精一杯の優しさで手を握り締めて。 アナタの寝顔を見つめる。 聞き馴染んでいた筈の寝息は聞こえなくて。 ただ耳障りなくらいに聞こえるのは。 機械的な生命の鼓動。 血の気が引いたアナタの顔を。 それを見た途端に。 アナタの手は握れなくなってしまった。 あいしているわ だから。 もう。 アナタの手は握れない。 その手に残された温もりの。 愛しさに。 切なさに。 か弱さに。 触れているのが何よりも辛いから。 私はアナタの手を離して。 喉を引き攣らせて。 ふたつの掌で顔を覆い隠して。 止め処無く雫を落として。 泣いた。 如何か苦しむ事無く ――― 安らかに。 最早、私には。 そう祷る事しか出来ません。
