道化師



想いを紡ぐ詩



笑わない少女が、毎日笑えない道化師と丘の上の花畑で遊んでいるらしいという噂は
あっという間に街中に広がった。

噂を聞いて面白くないのは、ずっと少女を誘っていた街の子供達だった。
くだらない道化師より、自分達といる方がずっと楽しいはずなのに。
子供達は噂が本当かどうか、確かめるために丘の上の花畑へ向かった。

本当に、いた。

みすぼらしい格好をした道化師と、笑わない少女。
表情がない二人が向かい合って何かをしている様は滑稽だった。
子供達は声を上げて二人に駆け寄っていった。そして、二人を囲んで一斉に囃し立てる。


――お前ら、何してるんだよう。

――笑えない者同士で楽しいんだろうなあ。


心ない子供達の言葉から、彼女を守るように少年はそっと少女の耳を塞いだ。
すると、今度は少年が揶揄の標的となった。


――何だよ、道化師。お前が本当に道化師なんだったら何かして俺達を笑わせてみろよ。

――どうせお前は何もできないんだろう。

――噂になっているぜ。芸もなくて表情もない、笑えない道化師のことはさあ。


少年は黙ったままだった。
芸を所望されているが、今、玉芸をすると彼女の耳から手を離さなくてはならない。
今、自分がすべきことは彼女を楽しませることで、彼女に辛い思いをさせてはならない。
苛立った子供達のひとりが少年に手を上げた。
それでも少年は少女の耳から手を離さない。


――もう、いいよ。


少女が呟いた。初めて聞く、彼女の声だった。


――私、慣れてるよ。


とてもか細い、硝子細工のような美しい声だった。
でも、その言葉はとても哀しかった。


慣れているだなんて言って諦めないで。
全部を、受け入れてしまわないで。
世界を、拒まないで。

もっと、この世には。楽しいことも嬉しいこともあるはずだから。
僕はその為に生まれたはずだから。


何か。

何かしなくては。

どうしたら彼女に伝わるだろう。
どうしたら子供達に教えられるだろう。

少年は、初めて本気で考えた。
自分にできること。
自分にできる範囲で、自分しかできない、精一杯のことを。

少年は、胸一杯に息を吸い込む。
そして。
子供達も、少女も、驚きに目を丸くした。


少年が歌っている。


言葉はない。
それ以前に、人の声とは全く異質の、何にも似つかない空を突き抜けるような音色。
何処かで聞いたことがあるような、懐かしい雰囲気の旋律。
子供達が聞き惚れていると、少年は少女からそっと離れてくるりと回って一礼した。

そして、無言劇を始めた。
言葉を一切交えることなく、動作のみで少年は語ろうとしている。
自ら伴奏を歌い、少年はひとりで何役もこなしてひとつの物語を語る。

笑えない少女。
嘲る人々。

口元に当てた手、ちょっとした視線や仕草。
同じ動作でも、少しの違いで演じるものは一変する。
ある時は隅でひそひそと話しては嘲笑する人になり、
一方で口元を抑えてひたすら堪えるような悲しみを表現した。

少年には相変わらず表情はない。しかし、なんと雄弁に彼は語るのだろう。
子供達は、一心に少年の劇に見入っていた。

表情をつくろうと懸命な少女。できない自分。諦めて、人から隠れるように生きた。
其処に現れた道化師。さあ、お嬢さん、一緒に踊りましょう。
少年は少女の手を取った。彼女は、驚いたような顔をしている。
劇の世界と現実がひとつに混ざって、もうひとつの世界の扉が開ける。

踊る二人を、羨ましそうに子供達が見ている。
少年は彼らにも手を差し伸べる。皆で踊ろう。
子供達は、満面の笑顔で道化師の手を取った。
少年と少女と子供達は、日が暮れるまで輪になって踊った。綿毛の舞う、丘の上で。


その日、丘の上で、ひとりの少女が花咲くように微笑んだ。




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